キヤノンオプトロンが開発中の「完全フッ素フリー」新コーティングが興味深い

過酷な撮影環境でも水滴や指紋を弾き、今やLレンズをはじめとする高級レンズの必須機能となった「フッ素コーティング」。世界的な環境規制(PFAS規制)の波がカメラ業界にも押し寄せており、従来のフッ素素材が使えなくなる未来が現実味を帯びています。

そんな中、キヤノングループの光学素材メーカー「キヤノンオプトロン」が、フッ素を一切使わずに優れた撥水性と圧倒的な耐久性を両立する新素材「Dev-02-003」の開発を進めていることが分かりました。次世代のRFレンズはどのように進化するのか。レンズコーティングの最前線に迫ります。

撥水コーティング Dev-02-003 フライヤー(PDF)

Dev-02-003

なぜ今「脱フッ素」なのか?影響を受けるカメラ業界

私たちが普段、何気なく恩恵を受けているレンズの「フッ素コーティング」。雨天時の水滴を弾き、うっかり触れてしまった指紋汚れもさっと一拭きで綺麗になるため、様々なレンズに欠かせない必須機能となっています。しかし今、この快適な撮影環境を支える技術が、大きな転換期を迎えています。その原因が、欧州を中心に世界中で急速に進んでいる「PFAS(有機フッ素化合物)規制」の動きです。

PFAS規制

PFAS(ピーファス)とは、高い撥水性や耐熱性を持つ便利な化学物質の総称になります。自然界で分解されにくく、人体や環境に蓄積されやすいことから「永遠の化学物質(Forever Chemicals)」とも呼ばれており、近年このPFASによる環境汚染や健康へのリスクが世界中で問題視されるようになり、欧州化学品庁(ECHA)などを筆頭に、「フッ素を含む化合物の製造・使用を全面的に禁止・制限しよう」という法規制の整備が、驚くほどのスピードで進んでいるのです。

カメラレンズも「例外」ではない

「環境規制といっても、工場や化学製品の話でカメラには関係ないのでは?」と思うかもしれません。しかし、レンズ表面に施されている「フッ素コーティング」も、立派なフッ素化合物の一種です。

規制が本格化すれば、将来的に「これまでのフッ素コーティングを施したレンズは、製造もヨーロッパへの輸出・販売もできなくなる」という、カメラメーカーにとって死活問題となりかねないリスクを孕んでいます。すでに自動車や半導体、アウトドアウェア(ゴアテックスなど)の分野ではフッ素を使わない「フッ素フリー(PFASフリー)」への移行が最優先課題となっていますが、その波はついに、高い光学性能と耐久性が求められる「カメラレンズの最前面」にまで到達しつつあります。

キヤノンが開発中「完全フッ素フリー」の新素材 Dev-02-003

世界的な脱フッ素の流れを受け、キヤノンも手をこまねいているわけではありません。キヤノンレンズの「蛍石」や「コーティング材料」の開発・製造を一手に担うグループ企業、キヤノンオプトロン株式会社がその最前線に立っています。

1万回の摩擦に耐える「Dev-02-003」

Dev-02-003とOR-510の耐摩耗性比較データ

同社はすでに「OR-510」というフッ素フリーの撥水蒸着材料を展開していますが、一般的にフッ素フリーのコーティングは従来のフッ素コートに比べて「擦れに弱く、摩耗しやすい」という課題がありました。実際、耐摩耗試験においてOR-510の性能保持率は23%にとどまっていました。

しかし、今回開発中の「Dev-02-003」は、フッ素フリー材料最大の弱点だった「耐久性」を劇的に克服したブレイクスルー素材なのです。

  • 布による1万回の耐擦傷試験をクリア(コーティングが剥がれず、高い接触角を維持)
  • アルコール(エタノール)で湿らせた布での拭き取り試験にも合格

フッ素フリーでありながら過酷な現場の環境にも耐える「Dev-02-003」。量産プロセスが確立され正式名称が決定すれば、次世代RFレンズの環境配慮・高耐久アピールポイントとして大々的に導入される可能性が十分にあります。

【未来予想】次世代Lレンズの称号に?「サステナブル・コーティング」がもたらす革新

キヤノンオプトロンが開発を進める「Dev-02-003」。このフッ素フリーの新素材が量産フェーズに移行したとき、キヤノンの交換レンズ群はどのように生まれ変わるのでしょうか。

最初の舞台は、やはり「Lレンズ」から

この新技術が最初に投入されるのは、やはりキヤノンが誇る最高峰の「Lレンズ」シリーズになるのではないでしょうか。スタジオ撮影だけでなく、雨、風、砂埃、泥水が飛び散るモータースポーツや野生動物の撮影など、プロが極限の環境で酷使するLレンズこそ、最も高い防汚・撥水性能と耐摩耗性が求められるからです。特に過酷な屋外で多用される望遠の「白レンズ」などから先行採用されるかもしれません。

企業とサスティナビリティ

大企業になればなるほど、利益だけでなく環境・社会・経済の調和を重視し、持続可能な社会と自社の成長を両立させる取り組みが重要視されるようになります。すでにキヤノンは天然結晶の製造が極めて困難だった「蛍石(フローライト)」を世界で初めて人工結晶化させ、高性能レンズの代名詞に育て上げました。日刊工業新聞によると、キヤノンは人工蛍石の量産自動化も目指しているとのこと。

フッ素フリーのコーティングがレンズに施されれば、キヤノン製レンズに「環境(サステナビリティ)への先進性」という新たな付加価値が加わることになります。

今回、世界的なPFAS規制を逆手に取り、他社に先駆けて「有害物質を一切使わない、なのに従来より圧倒的にタフなレンズ」を送り出すことができれば、それは「蛍石」に続くキヤノンの素材技術における勝利を意味するのではないでしょうか。

コメント