今さら聞けない「非球面レンズ」解説

カメラスペック表やレンズの構成図で、必ずと言っていいほど目にする「非球面レンズ」の文字。レンズを小型軽量化し、周辺までシャープに写すためには欠かせない高性能レンズの代名詞ですが、昔は「非球面レンズが入っていると、ボケがうるさくなる(汚くなる)」と敬遠されていた歴史があるのをご存知でしょうか。

いわゆる「タマネギボケ」や「輪線ボケ」と呼ばれるこの現象は、なぜ起きるのか。そして、ソニーの最高峰「G Master」に採用されている「XA(超高度非球面)レンズ」をはじめ、現代の最新レンズはどのようにしてこの弱点を克服したのか。

今回は、知っているようで意外と知らない「非球面レンズとボケ味のディープな関係」について、各メーカーの最新技術を交えながらロジカルに分かりやすく解説します。スペック表の裏側にある、光学設計の魔法をのぞいてみましょう。

非球面レンズ

球面レンズと非球面レンズ

非球面レンズの技術を一言で表すなら「レンズの枚数を劇的に減らし、カメラを小さく・軽く・高画質にするための魔法のレンズ」です。

球面レンズと球面収差

ガラスを球状に丸く磨いた「球面レンズ」は、製造がしやすくコストも抑えられるため、大昔からカメラレンズの主役として使われてきました。しかし、この球面レンズには物理的な「宿命の弱点」があります。それは、レンズの表面が球面のため「レンズの中心を通った光」と「レンズ周辺部を通った光」が、同じ1点に集まらないという現象です。これを「球面収差」と呼びます。※球面収差 : 光の通り道を乱したり、1点に集まりにくくする要素のこと

光が1点に綺麗に集まらないということは、写真のピントが甘くなり、全体的にモヤッとした眠い描写になってしまうことを意味します。特に、F値の明るい大口径レンズほど、この光のズレは深刻になります。

非球面レンズの特徴

非球面レンズは、レンズの面を円球面ではなく、径方向に微妙に曲率を変えていく曲面にすることで、収差を抑えたレンズです。※球面レンズはレンズ端を通る光がズレるので、端にいくほど絶妙にカーブが緩やかになるような「球ではない面」を作り、光を1点に集まるようにしたもの

これまでレンズの球面収差を補正するために何枚ものレンズを組み合わせることで重く大きなレンズになってしまい、しかも高額になってしまう短所がありました。非球面レンズの登場により、1枚で球面収差に対処することが可能になったのです。

カメラレンズの歴史において、非球面レンズを最初に「製品化」したメーカーは、ドイツのライカ(Leica:当時はライツ社)です。現在の一般的なカメラレンズとして広く使える形で量産化(大量生産)に初めて成功したのはキヤノンです。

※キヤノンより先に1968年にニコンが学術調査や気象観測などに使われる特殊レンズ「OP Fisheye-Nikkor 10mm F5.6」を発売しましたが、このレンズのトータル製造数は非常に少なく(10年以上で1,000本未満)、一般的なレンズで大量生産に成功したのはキヤノンです。キヤノンは1971年に「FD55mm F1.2AL」を発売し、当時1ヶ月で1,000枚以上もの研削非球面レンズの生産を可能にしました。

非球面レンズの弱点

非球面レンズはレンズの歴史において画期的な技術の1つですが、完全無欠ではなく弱点があるのです。非球面レンズを組み込むことで高画質で小型軽量なレンズに仕上げることが可能になったものの、ボケ味がうるさくなる(汚くなる)現象が発生しました。いわゆる「タマネギボケ(輪線ボケ)」です。

大昔のレンズは職人が手作業でガラスを削り、現在の非球面レンズは金型に熱したガラスをプレスして大量生産する手法(ガラスモールド成型)が主流です。その金型の表面のミクロン単位の細かな凹凸が、そのままレンズの表面に「シワ」として転写されてしまうのです。これが一定の条件下で「タマネギボケ(輪線ボケ)」として写し出されてしまいます。※金型表面のシワ : 金型を極限まで削り出す際にできる目に見えないほどの切削痕(刃物の跡)

しかし最近では、超精密非球面技術が進化し、克服しつつあるのです。

百花繚乱の超精密非球面技術

かつては「画質と引き換えにボケ味が犠牲になる」と言われた非球面レンズですが、近年のミラーレス用レンズでは、その常識が完全に覆りつつあります。そのブレイクスルーの象徴が、ソニーの最高峰「G Master」レンズのコア技術である「XA(超高度非球面)レンズ」です。

ソニー XAレンズ

ソニー独自の高度な成型技術により、表面精度をナノレベル(0.01ミクロン単位)で管理・製造する最高峰の非球面レンズです。ソニーのテクノロジー記事「光学エレメントが描く、未来への軌跡」に掲載されているXAレンズ開発秘話を見ても、その高い精度と大量生産を確立することがいかに困難であったかが伝わってきます。

キヤノン 研削非球面レンズ / 高精度ガラスモールド

キヤノンは1970年から研削非球面レンズの量産を開始。ダイヤモンド工具でガラス素材を直接削り出して高精度に磨き上げる、Lレンズなどの高性能交換レンズに採用されている伝統的な加工技術です。主に、超高画質を追求するプロ向けのレンズに採用されています。

その後、より量産性が高く低価格なプラスチックモールド(PMo)非球面レンズや、高精度非球面金型を用いたプレス加工による大口径ガラスモールド(GMo)非球面レンズの実用化にも成功しました。

ニコン 高精度ガラスモールド非球面レンズ

ニコンの高精度ガラスモールド非球面レンズは、高温で加熱し軟化させたガラス素材を高精度な金型で直接非球面形状に成型する技術です。

まとめ : 各メーカーの努力と向上心

200種類以上の光学ガラス材料が存在し、その中でも非球面レンズに加工できる材料は限られている中、各メーカーは光学ガラス材料・金型材料等の素材開発を行い、金型加工の精度を上げ、量産化するための製造技術や設備を開発することで、現在の超精密非球面レンズを実現しています。

これらのナノメートル級の技術革新により、かつてカメラマンを悩ませた「非球面=タマネギボケ」という弱点はほぼ克服されました。現代の私たちが「小さくて軽いのに、ボケ味もとろけるように美しいレンズ」を使えているのは、各メーカーの時間を掛けた努力と向上心によるものです。

参考文献

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